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大阪地方裁判所 昭和40年(行ウ)90号 判決 1973年6月22日

八尾市大字今井二九七番地

原告

新川満

右訴訟代理人弁護士

久保井一匡

土田嘉平

児玉憲夫

大阪市西淀川区野里西三丁目二三番地

被告

西淀川税務署長

森本一雄

大阪市東区大手前之町

被告

大阪国税局長

丸山英人

右両名訴訟代理人弁護士

麻植福雄

右両名指定代理人

川本権祐

松井三郎

金原義憲

松原二郎

吉田周一

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告西淀川税務署長が昭和三九年八月一日付でした、原告の昭和三八年度分所得税の総所得金額を金六七八、〇〇〇円と更正した処分のうち金四〇〇、〇〇〇円を超える部分を取消す。

被告大阪国税局長が昭和四〇年五月二五日付でした、原告の右処分に対する審査請求を棄却する旨の裁決を取消す。

訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和三九年三月一四日、被告署長に対し、昭和三八年度分所得税の総所得金額を金四〇〇、〇〇〇円と確定申告(白色)したところ、被告署長は同年八月一日付で右金額を金六七八、〇〇〇円に更正し、同月三日その旨原告に通知した。

原告はこれに対し異議申立をしたが、被告署長は昭和三九年一一月二六日これを棄却し、同月二七日、原告に通知した。そこで原告は被告局長に審査請求をしたところ、被告局長は、昭和四〇年五月二五日審査請求を棄却する旨の裁決をして、同月二八日原告に通知した。

2  しかしながら、原告の昭和三八年度の総所得金額は、金四〇〇、〇〇〇円であるから、被告署長の本件更正処分中右金額を超える部分については原告の所得を過大に認定した違法がある。また被告局長の本件裁決は、原告の要求にかかわらず原処分庁に弁明書の提出を求めず、さらに原告が原処分の理由となつた事実を証する書類の閲覧を請求したのを実質的に拒否し、行政不服審査法二二条、三三条二項に違反した手続により審査請求を棄却したもので、審理不尽の違法がある。

よつて被告署長の本件更正処分中金四〇〇、〇〇〇円を超える部分、および被告局長の本件裁決の各取消を求める。

二  請求原因に対する被告らの答弁。

請求原因1を認める。同2中被告局長が、原告の要求にかかわらず原処分庁に弁明書の提出を求めなかつたことを認め、その余の主張を争う。

三  被告らの主張

(被告署長の主張)

1 原告は、鉄工業を営む者であるが、昭和三八年度分の総所得金額(事業所得の金額)の算定は次のとおりである。

(1) 収入金額 一、三〇七、八七三円

(2) 必要経費合計 五八八、三七一円

右内訳

(イ) 水道光熱費 二三、七六〇円

(ロ) 動力費 二七、九六〇〃

(ハ) 旅費通信費 一五、〇〇〇〃

(ニ) 火災保険料 八、〇〇〇〃

(ホ) 修繕費 一二、七三〇〃

(ヘ) 消耗品費 六三、〇五三〃

(ト) 雑費 三四〇〃

(チ) 雇人費 三二九、五二八〃

(リ) 地代家賃 一〇八、〇〇〇〃

(3) 差引所得金額 七一九、五〇二〃

よつて右所得金額七一九、五〇二円の範囲内でなされた本件更正処分に違法はない。

(被告局長の主張)

2 被告局長は、本件審査請求の審理にあたり、原処分庁たる被告署長に対して弁明書の提出を求めていない。しかし行政不服審査の手続において、審査庁が行政不服審査法二二条により処分庁に対し弁明書を求めるか否かは、審査庁の自由裁量に属する。本件のような所得税にかかる審査請求の審理は、事案が大量に発生し、かつ処分に対する不服が概して事実の認定の当否にかかるものである関係上、処分庁から弁明書を徴し、これを審査請求人に送付し、同人からの反論書の提出をまち、これらの書面を資料として審理するよりも、審査担当官が自ら進んで必要な調査を行ない、処分庁の関係職員および審査請求人から口頭で意見を聴取する方が、はるかに迅速で適正な処理をはかることができ、不服審査制度の趣旨に一そうよく合致するものであるから、被告局長が被告署長に対し弁明書の提出を求めなかつたことは、裁量権の範囲の免脱ないし裁量権の濫用ではない。

3 被告局長は、原告から処分の理由となつた事実を証する書類の閲覧請求があつたのに対し、本件更正決議書、異議申立書、確定申告書、異議申立決定書の四通の閲覧を許可したが、原告は指定日に閲覧に来なかつた。これ以外の書類は、被告局長に送付されていなかつたので、本件を担当した川口正雄協議官は原処分庁に赴き、原告の所得調査書の閲覧をしたが、争点は、保証債務履行による支出が必要経費に当るかどうかということだけであつたので、右所得調査書からのメモも作成しなかつた。したがつて閲覧請求時には所得調査書はもちろん、調査メモも審査庁には存在しなかつたのであるから、これらを閲覧に供することはできなかつたうえ、審査請求人は審査庁に対して、未提出書類の提出方を処分庁に求むべきことまで請求しうるものではないから、書類閲覧に関しても何ら違法はない。

四  被告らの主張に対する原告の答弁および主張

1  被告署長の主張1中、原告が鉄工業を営む者であつたこと、収入金額、および必要経費として(イ)ないし(リ)の支出があつたことを認め、その余を争う。

必要経費としては、右以外になお次のものが計上されるべきである。

(1) 保証債務履行による損失金二八二、〇〇〇円

原告は債務者藤原澄雄の債務につき、債権者遠藤節子に対し、連帯保証をしたところ、藤原が倒産したため、昭和三八年二月二七日から同年八月末日まで七回にわたり藤原の債務合計金二八二、〇〇〇円を遠藤に支払つたが、藤原に対する求償権は回収不能の貸倒れとなつた。原告は事業の運転資金借入のため、近隣の同業者たる藤原に連帯保証をしてもらつたり、あるいは事業経営上の必要により、同人からプレス機械を継続的に借りたことがあつたため、原告の方でも、藤原から連帯保証人となることを依頼されたとき、事業経営上これを拒否できない立場にあつたため前記保証をしたものであり、これによる貸倒損金は原告の事業上の収入を得るための必要経費として評価されるべきである。

(2) 受取手形の割引料 三一、〇〇〇円

(3) 支払利息 一四、八九七円

(4) 減価償却費 合計 二三、六四三円

右内訳

<省略>

(5) 事業税 五、一九〇円

(6) 収入印紙、接待交際費、運送費、宣伝費

2  被告局長の主張2を争う。

3  同3中、被告局長が、本件更正決議書、異議申立書、確定申告書、異議申立決定書の四通の閲覧を許可したことを認め、その余の主張を争う。

五  原告主張の必要経費に対する被告署長の主張。

次に述べるように原告の主張する必要経費についてはこれを認めることができない。

(1)  保証債務履行による損失金二八二、〇〇〇円(金二八一、〇〇〇円が正しい)について。

旧所得税法(昭和四〇年三月、法律第三三号により改正される以前のもの)一〇条二項にいう必要経費とは、その年中の総収入金額を得るために必要とした経費であつて、総収入金額に対応する支出に限定されるべきことは右規定上明らかである。そして右規定上、事業所得については、すべての債権の貸倒れが事業所得の必要経費となるのではなく、事業所得を生ずべき事業の遂行上生じた債権の貸倒れ損失のみが必要経費となるのであるから、保証債務についても事業所得を生ずべき事業の遂行上生じた保証債務であつて、しかもその履行に伴う求償権を行使することができなくなつた場合にのみ必要経費として認められるのである。これを本件についてみると、原告は、かつて他から営業資金を借入れるにあたり、藤原から貸主を紹介してもらつたことがあるにすぎず、また藤原からプレス機械を借りていたことはなく、仮りに借りたとしても、それは昭和三五、六年ごろから二、三回程度で、継続的に借りていたのではないのであつて、この程度の貸金主の紹介や器物の貸借などの行為は、親しい隣人間では日常しばしばみられることであるから、藤原は原告の事業と直接の経済的利害関係や取引関係にある者ではなく、事業に関係のない第三者であるといわざるをえない。したがつて原告が本件保証債務を履行し、その求償権の行使ができなくなつたことによる資産損失は、事業所得計算上、総収入金額を得るために必要とした経費ということができない。

(2)  受取手形割引料金三一、〇〇〇円について。

原告が主張する右受取手形割引料の実体は、原告が保証した藤原の主債務額二五〇、〇〇〇円の履行遅延によつて生じた支払利息である。原告は既に本件保証債務の履行による損失として、金二八二、〇〇〇円を主張しており、右割引料はこの中に含まれているのであるから、内容的に同一のものを二重に必要経費として主張していることになり失当であるのみならず、前述のとおりこれは事業所得上の必要経費として評価しえないものである。

(3)  支払利息金一四、八九七円について。

原告においてこのような支出をしたものとは認め難いが、仮りに右支出があつたとしても、これは金額日時の点からみて、前記保証債務返済の資金繰りのための借入利息と考えられるから、事業所得上の必要経費たりえないものである。

(4)  減価償却費金二三、六四三円について

原告がその主張する旋盤等の機械設備を有することは認められるが、既にこれらの耐用年数は経過しているものである。

仮りに右各設備の取得年月日および取得価額が原告主張の通りであるとしても、これらの耐用年数は一七年であるから(固定資産の耐用年数等に関する省令別表二(昭和三九年大蔵省令二五号による改正前のもの)の番号六七六)、減価償却費は、次のとおり合計金一九、三一四円である(被告第七準備書面添付別紙には、償却率が〇・五八と記載されているが〇・〇五八の誤記と認める)。

<省略>

第三証拠

一  原告

1  甲第一号証の一、二、第二ないし第四号証、第五号証の一ないし七、第六、第七号証を提出。

2  原告本人尋問の結果を援用。

3  乙第四号証の成立は不知。その余の乙号各証の成立を認める。

二  被告ら

1  乙第一号証、第二、第三号証の各一、二、第四号証を提出。

2  証人川口正雄、同松井三郎の各証言を援用。

3  甲第五号証の一ないし七、第六号証の成立は不知、その余の甲号各証の成立を認める。

理由

一、請求原因1の事実(被告らの処分、裁決)は当事者間に争いがない。

二、まず、被告署長の本件更正処分について判断する。

1  被告署長の主張1中、原告が鉄工業を営む者であつたこと、収入金額、および必要経費として(イ)ないし(リ)の支出があつたことは当事者間に争いがない。

2  そこで必要経費として、右以外になお原告の主張するものが存在するかどうかについて検討する。

(1)  保証債務履行による損失金二八二、〇〇〇円について。

(イ) 成立に争いのない甲第二ないし第四号証および乙第三号証の一、二、原告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第五号証の一ないし七、証人松井三郎の証言と、これにより真正に成立したものと認められる乙第四号証に証人川口正雄の証言ならびに原告本人尋問の結果を総合すると次の事実を認めることができ、右本人尋問の結果中右認定に反する部分は、右乙第三号証の一、第四号証の内容に照して信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠がない。

原告は、昭和三七年一〇月一六日、原告の近所で電話機のブザー組立作業を営んでいた藤原澄雄が金融業者である遠藤節子から金二五〇、〇〇〇円を借入れた際、藤原の依頼により、その債務を保証するため同人の連帯債務者となつたところ、同人が倒産したため、昭和三八年二月二七日から同年八月末日まで七回にわたり、遠藤に対し藤原の右債務およびこれに対する利息、遅延損害金として合計金二八一、〇〇〇円を支払つたことにより藤原に対する同額の求償権を取得したがその回収が不能となつた。原告は、資金繰りのための借財をする際に、藤原から金融業者の紹介を受け、かつその保証人になつてもらつたことがあるだけで、藤原と事業上の取引関係はなく、また同人からプレス機械を借りたこともなかつた。

(ロ) ところで旧所得税法一〇条二項にいう必要経費とは、その年中の総収入金額を得るために必要とした経費であつて、総収入金額に対応する支出に限定されるべきことは右規定上明らかである。そして、右規定上、事業所得については、すべての債権の貸倒れが事業所得の必要経費となるのではなく、事業所得を生ずべき事業の遂行上生じた債権の貸倒れ損失のみが必要経費となるのであるから、保証債務についても事業所得を生ずべき事業遂行の必要上生じた保証債務であつて、しかもその履行に伴う求償権を行使することができなくなつた場合にのみ必要経費と認められるのであるところ、前示認定事実によれば、藤原は原告の事業と直接の経済的利害関係や取引関係を有する第三者ということができず、本件保証も原告の事業と直接の関係があることは認められないから、原告が本件保証債務を履行し、その求償権の行使ができなくなつたことによる右資産損失合計金二八一、〇〇〇円は、原告の事業所得計算上、総収入金額を得るために必要な経費ということはできない。

(2)  受取手形割引料金三一、〇〇〇円について。

原告本人尋問の結果により西淀商工会事務局長川島によつて作成されたものと認められる甲第六号証(売上及び必要経費計算のメモ)には、「割引料三一、〇〇〇双栄商事」との記載があるところ、前提甲第二号証、第四号証、第五号証の一ないし七によれば、双栄商事とは、金融業者遠藤の商号と認められ、かつ原告は遠藤に対し、前示保証の主債務額二五〇、〇〇〇円の利息および遅延損害金として合計金三一、〇〇〇円を支払つていることが認められ、また右甲第六号証には、貸倒金として、右主債務元本である金二五〇、〇〇〇円しか計上されていない。これらの事実を考え合わせると、原告の主張する手形割引料金三一、〇〇〇円なるものは、本件保証の主債務元本に対する利息および遅延損害金の支払合計額に過ぎないものと認めるのが相当であり、右認定を覆えすに足りる的確な証拠がないから、これを事業所得算定上の必要経費として認めえないことは、貸倒れについての前示判断と同様である。

(3)  支払利息金一四、八九七円について。

前掲甲第六号証には、支払利息として合計一四、八九七円計上されていることが認められる。しかしながら原告本人尋問の結果によれば、原告は毎年請求書や領収証等の証拠書類を西淀商工会へ提出していることが認められるから、右利息の支出が事実であれば、当然その支出に関する書証が存在するはずであり、現に本件において保証債務履行の事実については前掲甲第五号証の一ないし七が提出されているのにかかわらず、右利息の支払についてはこれを直接立証する書証が提出されていないのみならず、原告本人尋問の結果中にもこの点に触れるところがないことを考え合わせると右甲第六号証の記載のみをもつては、右利息支払の事実を認めるに充分でない。

(4)  減価償却費金二三、六四三円について。

原告が鉄工業(原告本人尋問の結果によれば、原告は機械の組立ないし建築物の錠前の組立加工をしていたことが認められる)を営み、その主張する機械設備を所有していることは当事者間に争いがないところ、その耐用年数は固定資産の耐用年数等に関する省令別表二(昭和三九年大蔵省令二五号による改正前のもの)の番号六七五または六七六により一七年であり、原告の採用する定額法によれば、償却率は〇・〇五八(小数点四位以下切捨て)であるから、仮に耐用年数を除くその余の事実関係が原告主張のとおりであるとしても、その減価償却費合計額は、被告署長主張(事実第二、五、(4))のとおり金一九、三一四円となることは計算上明らかである。

(5)  事業税金五、一九〇円について。

成立に争いない甲第一号証の一、二によれば、原告は、昭和三八年度分事業税として金五、一九〇円を支払つたことが認められる。

(6)  収入印紙、接待交際費、運送費、宣伝費について。

原告は右の支出について具体的に金額を主張していないし、本件全証拠によつても右各科目につき支出があつた事実を認めることができない。

3  そうすると原告の所得は左記のとおり金六九四、九九八円であるといわねばならないから、その範囲内でなされた本件更正処分には違法がない。

(1)  収入金額 一、三〇七、八七三円

(2)  必要経費合計 六一二、八七五円

右内訳

(a) 被告署長の主張する必要経費の合計(前記(イ)ないし(リ)) 五八八、三七一円

(当事者間に争いがない。)

(b) 減価償却費合計 一九、三一四円

(c) 事業税 五、一九〇円

(3)  差引所得金額 六九四、九九八円

三、次に被告局長がした本件裁決の適否について判断する。

1  弁明書について。

被告局長が原処分庁たる被告署長に対し弁明書の提出を求めなかつたことは、被告局長の自認するところである。しかし、審査手続に関して現行の国税通則法九三条のような規定のなかつた本件裁決当時においては、審査庁が処分庁に対し行政不服審査法二二条により弁明書の提出を求めるか否かは、審査庁の裁量に委ねられていたと解すべきことは、同条の文明上明らかであり、本件において被告局長が弁明書の提出を求めなかつたことが裁量権の範囲の逸脱ない裁量権の濫用であると認むべき何らの事由もない。

2  書類闇覧請求について。

被告局長が、原告から処分の理由となつた事実を証する書類の闇覧請求があつたのに対し、本件更正決議書、異議申立書、確定申告書、異議申立決定書の四通の闇覧を許可したことは当事者間に争いがない。証人川口正雄の証言によれば、右書類以外に原処分庁から提出された書類はなかつたことが明らかであり、被告局長としては、原処分庁に不提出書類の提出を要求して原告に闇覧させるべき義務もないから、この点に関しても何ら違法はない。

四、以上説示したように、被告署長の処分および被告局長の裁決はすべて適法であり、原告の被告らに対する請求はいずれも理由がない。よつて原告の本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下出義明 裁判官 藤井正雄 裁判官 石井彦寿)

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